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2007/01/12

ダカールラリー25年連続出場のPAJEROという存在

paje1983.jpg創始者の故ティエリー・ザビーヌが「冒険の扉を示そう、そこにはあらゆる困難が待ち受けている。その扉を開けるのは君だ、 望むなら連れて行こう・・・ 」と、79年、パリのコンコルド広場を1月1日の午前0時にスタート(当時)する、セネガルのダカールを目指す冒険ラリーが始まった。生まれたばかりのこのラリーには、まだレギュレーションやルールさえもはっきりせず、地上を走れるモノなら何でもいい、ダカールまで誰が一番早く着けるか。競技のようなかたちをした冒険に他ならなかった。しかし開催を重ねすべてに充実してゆき、競技として成立し始めた83年。第5回のパリダカへ三菱パジェロはエンジン、ミッション、駆動系を含めてほとんどの改造が許されない市販車無改造クラスにエントリー。パリ〜アルジェ〜ダカールラリーは総走行距離約13,000km。サハラ砂漠のステージは想像を絶する過酷なものであった。初めての参戦にもかかわらず、名手アンドリュー・コーワンの卓越したテクニックにより、無改造車ながら市販車改造クラスのマシンをリードする走りでダカールまでみごと走破。パジェロは初出場にしてクラス優勝、総合でも11位に入る快挙を手にしたのだった。

paje-evo2.jpgここからの三菱パジェロの躍進はみなさんの記憶どうりである。こうして、パジェロは世界を代表する4WD車としての確固たる地位を築き、信頼に足るマシンとして毎年大挙してこのダカールラリーへエントリーすることになった。三菱自動車は、06年大会で6連覇と通算11勝という同一メーカーによるものとしては共に最多となる記録を樹立しており、この25回目のアニバーサリーに三菱ワークスは新型パジェロエボリューションを投入。前人未到のダカール7連覇を狙う意気込みを見せている。池町と同じ2輪出身の大先輩ペテランセルと同じく2l輪出身のロマ、元プロスキー選手のアルファン、そして通算2勝を挙げている日本人エース増岡たち「チーム・レプソル三菱ラリーアート」(Team Repsol Mitsubishi Ralliart)の活躍に期待している。

※注 本文の一部は三菱自動車のホームページより引用

投稿者 ikemachi.net : 2007/01/12 00:47

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